【抄書練習】ガリレオの苦悩
草薙が『久保田 萬寿』の一升瓶を机に置くと、湯川の右側の眉がぴくりと動いた。心が反応している時に見せる癖だということは、長年の付き合いでわかっている。
「いずれきちんと礼はさせてもらうが、今回は手土産として持ってきた」
「別に礼をしてもらおうとは思わないが、これは遠慮なく受け取っておこう」湯川は一升瓶を手にすると、自分の机の下に置いた。
「(事件略)検察がおまえにアドバイスを求めるかもしれないから、ひとつよろしく頼むよ」
湯川は答えず、草薙に背を向けたままインスタントコーヒーを入れ始めた。
草薙は頭を掻いた。
「おまえには悪いことをしたと思ってるよ。俺たちのせいで、妙な事件に巻き込まれることが増えた。今後は、こういうことは極力ないように気をつける。だからどうか、機嫌を直してくれ」
湯川は二つのマグカップを手に戻ってきた。一方を草薙の前に置いた。
「僕は別に機嫌を悪くしちゃいない。事件に巻き込まれるのは困りものだがね」
「だから、そういうことは起きないようにするって。でもさ、今度の事件でもわかるように、犯罪はどんどん複雑化している。ハイテクを使ったケースも増えるだろう。そういう時、おまえのような人材はやっぱり必要なんだ。これに懲りず、今後も力を貸してほしい」
湯川は仏頂面でコーヒーを飲んでいる。答える気はなさそうだ。
「今回の捜査で、おまえのことをいろいろと調べさせてもらったよ」
草薙の台詞に、湯川に眉根を寄せた。
「僕の何を調べたんだ」
「一言でいうと人間関係だ。『悪魔の手』は、おまえに敵愾心を持った科学者だと睨んだからな。そういう人物が周辺にいないか、聞き込みをしたわけだ。刑事としては当然のことだ」
「ふん、それで結果は?」
「結論からいうと、おまえが警察の捜査に協力していることについて、悪くいっている人間は殆どいなかった。人間としての評判はともかく、科学者としてのおまえは、非常に評価されているし、尊敬もされている。つまりおまえが警察に協力をすることは決してメリットがないことではーー」
「ちょっと待ってくれ」湯川が手を出して草薙を制した。「人間としての評判はともかく、とはどういうことだ」
「ああ……」草薙は顎をこすった。「それはひとまず置いといて、という意味だ」
「置いとかなくていい。人間としての評判はどうだというんだ」
草薙は息を吸い、ややむきになっている友人の顔を見返した。
「聞きたいか?」
「そりゃあもちろんーー」そういった後、湯川は咳払いをし、首を振った。「いや、聞かないでおこう。人がどう思うと僕は自分の信じる道を進むだけだ」
「そうか、でもこれだけはいっておこう。みんなおまえのことを、科学者としては素晴らしいといっている」
「もういい」湯川は椅子にもたれ、マグカップを傾けた。